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「この時代の夜は光が多すぎるんだよ。人間は闇をなによりも怖れているからね。……それに、ここの空気はとてもきれいだ」
彼が吸血鬼だなんて私はもちろん信じていない。
空気がきれいだというのは、この部屋に空気清浄機が八台もあるからだ。いくらここが豪邸の一室だとはいえ多すぎる。
そして、部屋から出られないのは彼がなによりも他人を怖れているから。
それでも彼は唯一、私にだけはその堅く閉ざされた心を開くことができた。
もしかすると、かつて私のすべてだったあの闇の匂いが、気づかぬうちにこの部屋の闇に同化して、じわじわと溶けだしてしまっているのではと怖くなることがある。
そして彼の嗅覚がこの部屋の闇に適応するかのように発達し、私から溶けだした、本来人間に嗅ぎ分られるはずのない闇の匂いに親しさ(ちかしさ)を覚えてしまったのかもしれない。
「贋咲様のお父様は吸血鬼ではありません。人間です」
「そうだよ。吸血鬼なのは僕の母親のほうさ」
自分は侍女との間にできた隠し子、そう彼は続けた。
「君のくちびるはまるで苺だね。醜くて恥じらいのない赤とは違う。僕好みの色だよ」
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