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私のあごに指をかけ、彼はゆっくり顔を近づける。
唇が触れてしまうまでの距離は、あとわずか。
「そして、その風味もきっと……」
瞬間、私は彼を突き飛ばしていた。
あらがう力さえない彼は、給仕台を巻きんで派手に崩れる。
――もう、我慢していられない。
心臓がドキドキと高鳴っているのがわかる。
人間として生きていきたいのは本当だけれど、だけどもうだめ。
私は閉めきられた窓へと走る。
「やめろ! やめてくれ…… 深紅お願いだ、それだけは」
怒り狂い泣き叫ぶ彼をみながら、私は懐かしい快感に震えていた。
かつての闇を支配していた欲望が、再び私を暗闇へと引き連れてゆく。
私は窓を開け放った。
最愛の闇達は一瞬のうちに消え去り、彼らがうめき声をあげる間もなかった。
なんて気持ちのよい陽の光。光をさえぎる雲すらない晴天。
彼の光を知らぬ肌は白く透きとおり、すすり泣く声すら妖艶な美声。
外界に晒された彼は涙でぐしゃぐしゃになりながらも、その顔は絶世の美青年だった。
彼の身にはなにも起こらない。彼はただの人間だから。
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