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そしてこれこそが光を怖れた本当の理由。本当はただ現実を受け入れるのが怖かっただけ。
私は彼のもとへ歩み寄り、腰をかがめ顔を向きあわせる。
「私を憎んでいますか?」
彼は答えない。
「深紅と贋咲、我らの間に新たなる闇の契約を――」
指で涙をぬぐってから、私は彼にキスをした。
そよ風が私の髪をのせている。まるで二人の口元を隠そうとしているかのように。
いつしか流れる風に白い筋がまざっている。
彼は光のほうに手をかざす。すると、その指が煙になって消えてゆく。
彼がたとえ命にかえても欲しがった、人に在らざる者の証。彼の願いはいま成就した。
「深紅……新曲ができたんだ。人間たちに、聴かせてやっておくれ」
彼は恍惚の表情を浮かべ、両手で大空を抱いた。祝福の光が彼を包む。
新曲のタイトルは『ベルフェゴール』。それは奇妙にも、「人間嫌い」の悪魔を意味する私の真名と同じだった。
このとき俗世から去りゆく彼が最後にみていた私の目は、地獄からの炎で赤く燃えていたかもしれない。
<終>
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