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ある時心から信頼する姉さんにこの家を出たいことを言った。鏡台越しに私をチラと見た姉さんは一言
「自由になさい。」
と言った。但し…、とマスカラをつけながら彼女はなおも続けた。
「但し、十八に成るまではここにいたほうがいいわ。大丈夫、あなたが何処へ行き何をしようとも使える技能を教えてあげるから。それまでもそれからも言わない」
鏡越しに見た姉さんは微笑んでいた。私にはその笑いが怖かった。
姉さんは私に与えてくれたが、彼女にはどんな利益があるというのか。
「その代わりにね、香純ちゃん。武仁さんを…いいえ、武仁さんが死ぬその時には私を一緒に殺してちょうだいね。」
六つの幼い子どもの約束を完璧に叶えてくれた彼女のもとを離れたのはそれから十二年後の夏の日だった。
十八になった私が初めて踏み入れた銀座とう街はどこかおかしな街に見えた。男が女に貢ぎ、女が男に尽くすという一種の等価交換のせいであるとここで五年生きてきた現在の私ならそうだと分かる。
五年、言い換えれば千八百二十四五日という日数は私を私に変えるためにあったのだから。
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