静かだとか

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 北国生まれだからなのか知らないけれど、東京は、暑い。名古屋も随分と、暑かった。だからエアコンをつける。エアコンをつけると涼しい。涼しいが、煩(うるさ)い。  僕は煩いのが苦手である。だから、エアコンを消す。消すと暑い。つけたり消したりすると電気代もかさむ。窓を2ヵ所開けて扇風機を回したらいいのかもしれないが、網戸だとなぜか虫が入ってくる。虫は、虫も苦手である。そして、何より扇風機も煩い。どうやら、静けさを求めると暑いらしい。  僕は静けさが好きである。静かだと心が落ち着くし、考えがすすむ。  日常的に世の中には音が溢れている。音が溢れていても煩くないときがある。それは自然の音の場合である。  川の流れる音。木々の揺れる音。葉が擦れる音。そういう音は煩くない。  であるから電化製品の出す音が僕にとって煩いということなのだろう。  そんな話を友人にしたら、「本当の無音て気持ち悪いよ?」と言っていた。  彼は音楽家で、職業柄真空ではないけれどまったく音の出ない、吸音材の張り巡らされた部屋に入ったことがあるそうな。  彼が言うには、まったく音がないことで違和感があり、圧迫感もあり、何時間もいたら気が狂いそうになるとのことであった。  なるほど、それは嫌だ。僕はその部屋に入ったことはないが何となく想像がついた。そして、だとすると、静寂とは無音を指すわけではないということである。  日常には意識しても聴き分けられない音に溢れている。例えば、空気の対流によって起こる摩擦音。温度によって伸縮を繰り返すすべての音。そして自分の体内の血液の流れる音。  それを聴こえないといってもいいのだけれど、自分の知らないところで、人には聴こえないほどの微かな音楽を奏でてるとしたら…楽しげである。  今のご時世、キリギリスはヴァイオリンを弾き、山は音楽家で溢れ返っており、ゴ-シュもセロを弾くのである。空気が音楽家といってもよかろう。空気で素っ気ないなら、自然といってもいいし、何なら田中でもいい。  僕は静寂を好み安らぎを覚えるが、その中に音楽家がいて、その音楽家が奏でる音楽によって安らいでいるとしたなら、と思うと頬が緩む。
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