†亜紀†

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音もない部屋に氷がグラスにあたる音だけが響いた。 昔はあんなに日曜日が待ち遠しかったのに今では一番嫌いな曜日だ。 ほんのりお酒が入った頭で考えるとそのことが無性に可笑しかった。 そして、自分をこんなにした寛を少し困らしてやりたくなって携帯を手に取った。 寛にコールする。 休みの日にかけたのは、何度かあるが、それはいつも寛の家族が家にいないとわかっていた時だけだ。 10コール目に 「はい…」 小声で寛が出た。 「私…何してる?」 寛は休日に電話したことを責めずに 「何もしてないよ。」 と答えた。 その時車をバックさせる時の電子音が受話器から聞こえて亜紀は、 「車バックさせてる。」 と呟いた。 「車を車庫にいれてるんだ。」 寛の声のテンションはかわらない。 「どこに行ってたの?」 「実家だよ。今帰ってきた。」 「どっちの?」 「俺の。もうそろそろ行かないと。」 「今日はあなたの実家でみんなで夕食を食べたのね。そう…」 「母親が孫に会いたがるんだ。別に何もないよ。」 「私バーボン飲んでるの。少し酔ったみたい。」 「ほどほどにしとけよ。」 寛に何て答えて欲しいのか自分でもわからないまま亜紀は質問を続ける。 「そろそろ家にはいらないと怪しまれるわね。」 「…。」 「次はいつ会える?」 「いつでも。」 「愛してる?」 「愛してるよ。もう行かないと…」 亜紀は、さよならも言わず電話を切った。寛はかけ直してこない。涙が後から後からでてきた。悲しいのとは違う、哀しいのだ。 暗黙のルールを破った亜紀に寛は何も言わなかった。それなりに後ろめたさもあるのだろう。 亜紀は電話をかけて後悔するとは思っていたがここまで打ちのめされるとは予想していなかった。
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