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「お父さん、行ってきまぁす」
「うむ。行っておいで、里子」
口にトーストとエビフライとフルーツをくわえ、セーラー服姿の里子はあわただしく玄関を出て行った。栗色の髪が風になびく。
里子は今年の春から中学生だ。
父、五郎の胸にさまざまな想いが去来する。感慨深い。謹厳実直たるその表情がゆるみ、やがて目に涙。口ヒゲが震える。
「あの娘も、大きくなったもんだ」
着物の袖からレースの白いハンカチを取り出し鼻をかむ。
「ずずずぅ」
「まあ、あなたったら。うふ」
里子の母、つまりは五郎の妻である多満子がエプロンの裾で手を拭きながらやって来た。
丸い顔には、ほがらかな笑みが浮かんでいる。
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