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鬼……。
全身に戦慄が走り、寒気を覚えた。本能が危険だと訴えかけてくる。あれには到底敵わないと。
「夕凪、どうかしたのか」
「否、心配はいらぬ」
章来には気づかれないように冷や汗を拭い、蝶彩はゆっくりだった歩調を少しずつ速めた。
ここから先は山道が狭くなり、立ち木が乱雑に生える。
この道を行き、早ければ十五分程で頂上へ行き着く。頂上は山麓とは違い、大木が密集している。
(汝も見たか)
突如、脳裏に伝わってきた念に蝶彩の心臓が鈍く跳ねた。
青も見ていたのだ。恐怖は恥ではなく正直な心が感ずる。しかし、人は感情に左右されやすく弱い生き物だ。
恐怖に戦慄いた状態で鬼と戦えるのか、自問しても答えは得られなかった。
刹那――。
耳障りな音が響き、思考が停止した。狭間が開く音である。
「夕凪、待て。どこへ行く!?」
章来の制止を無視して蝶彩は駆けていた。
足場が悪い急斜面を蹴って高く跳躍する。木の枝を掴み、勢いに任せて宙を飛んだ。身を丸め、太い枝へと着地した。
木が生える目前を見据えて安全な足場を確認し、枝から枝を軽やかに跳ぶ。
無数の妖の気配がした。一際禍々しい気配を放つ妖がいる。
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