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「……小賢しい」
蝶彩が何を問い質したいのか、彼は既に察している。面白がって誑かしていた。
白状させるのは可能だが、そんな気にはなれない。
「もうよい」
思わず溜息をついて視線を上へ向けた。夜空を眺める。今宵の満月は妙に赤みがかっていた。
さっと風が吹き、枝葉が揺れた。葉と葉が触れ合い音を発する。
「蝶彩」
誰かが名を呼んだ。記憶の中にあり、耳に残る声だった。空耳かどうかを確かめようと少女は振り返る。
俄に一陣の風が起こり長い髪が靡く。
突如として漆黒の髪を持つ、若い男が目前に現れ立っていた。吹いた風と共にやって来た錯覚を生む。
漆黒の髪と黒い瞳、墨染の着物、喩えるならばまさしく闇のようだ。
慈しむ声で二度目を口にする。
「蝶彩」
流れ陽陰は喜びを満面な笑みとして湛えた。
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