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――確か、この先だと思ったんだけど。
ぼんやりと廊下の角を三度、曲がったあたりで俺は立ち止まると首をかしげた。
「あれ」
記憶違いをしてたらしい。
この角を曲がればセイたちが今も駄弁を続けている魔女の部屋のすぐ前に出られるはずだったのが、途中で道順を誤ったようだ。現在いる通路風景に見覚えがない。
この道の奥の、敷居を挟んで吹き曝しになっている渡り廊下は既に消灯されており、月光で煌々とした一帯が果てると暗黒模様に染まっている。
渡り廊下の先は、離れ、だろうか?
「人家で迷うとは」
さすがは有力貴族の屋敷というべきか。庶民には難しい造りをしている。
まあいいか、と、我ながら前向きな思考転換の末、せっかくだからナイトマンションをちょっとだけ散歩してみることにして、俺は渡り廊下から月夜の庭に降り立った。
庭に出てすぐに、自分の戻るべき場所を見つける。
中庭から明かりが灯っている窓が幾つか見えるのだ。セイたちがいる部屋はきっとアレだ。どうやら往路でこの通路に気付けず、一つ早く曲がってしまったらしい。
湿度はほどほどにあるが、月明かりは強く澄んでるように思えた。薄暗いことには変わりないが、それでも屋外の草木をある程度は判別できるため土いじりを趣味にしている身としては感興そそられてつい足が動いてしまう。
淡い色のセージを筆頭に、さすがは高級そうな顔ブレでうちとは規模からして雲泥の差だったが……どうも雑草の処理は甘い気が。俺なら見つけた端から根絶を図る害草までちょっと残っているし、そのあたりが気になって仕方ない。これだけ立派な庭園なら管理も徹底してもらいたいものだと他人事ながら。
明日、家の誰かに頼んで弄らせてもらおうかな。
と、そんなことを考えたせいで因果律でも働いたのか屋敷の者に声をかけられる羽目に。
「そこにいるのは、クロン様でございますか」
直後、明かりに包まれる。
俺は庭を見ていたから、ランタンを持っている彼女の登場に気付けなかった。
渡り廊下に立っていたのは屋敷のメイドだ。
ハルやシャムに比べると多少小柄な影。七三の割合で分けられた短い黒髪と、灯りに照らされる俺を睨んだような潔癖的表情には若干の見覚えがある。名前は知らないが、確か夕食の時に居た。なんかあのメイドこわいなーと思ってたから憶えてる。
「何をしておられるのです」
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