五百円玉の記憶

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 閉鎖されたホテルに忍び込もうと言ったのは、友人のマサトだった。ぼくはあまり乗り気になれなかったのだが、入口を見つけたんだというマサトは強引にぼくを引っ張った。マサトがいう入口とは、ひと一人ようやく通れるほどの小窓であった。他の窓は全て施錠されていたが、なぜだかその小窓だけは鍵が開いていた。その窓から入ると、そこは廊下であった。そこは暗く淀んでいて、お化けが出てきそうなところであった。すると突然、マサトがやっぱり帰ろうと言いだした。 「だってなんか嫌な感じがするぜ。気味が悪い」 「おいおい、お前が行こうって言ったんだぞ。ここまできて帰れるか」 そう言うとぼくは足を進めた。マサトは無言で後についている。一つ目の角を曲がると、足元に光るものを見つけた。かがんで手に取ると、それは五百円玉であった。思いもかけない収入に喜び、マサトに声を掛けようとした瞬間、マサトがぼくの腕を掴み、もときた道へ走り出した。マサトは外へ出ると息を切らしながら、 「誰かいた」 そう言った。ぼくはマサトの言うことを信じなかったが、すっかり意欲を失ってしまったので、もうどうでもよくなっていた。五百円玉はポケットに突っ込んでおいた。  地元紙の片隅に「ホテル海星で窃盗」という記事が載ったのは翌日のことだった。一瞬ドキッとしたが、犯人は各部屋に設置されたテレビやDVDプレーヤーを盗もうとしていたところ、巡回中の警備員に見つかり取り押さえられたらしい。犯人は、マサトの父親であった。 あのときの五百円玉は、その罪とともに今でも残っている。
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