小説で死んだ男

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「どうしたの?いきなりギクシャクして」「今日は早いのね」とか不機嫌な顔で言われた。何だか悲しくなって、男から離脱するとまた憂鬱な気分でさ迷った。卑怯者、罪悪感の塊、許された勝利さえものにできない矮小な男、そーろう。せっかく死んで逃げられたと思えた感情に責めつづけられる。馬鹿は死んでも馬鹿なのか。  だいたい、死んでもなぜこんなに生きた心地がしなくてはならないのだ。死んだんだぞ私は。このくそ作者め。 「お前は死ねないぞ」とどこかから声がした「リビドーばかりじゃないか」 「エロスだ!」と私は叫んだ。  そうだ。私は死ねないのだ。生きる意志が強すぎるのだ。だから幽霊になって現世をうろつくのだ。生き切れず、死に切れず。  望みは一つだけだ。愛だけだ。欲しかった。無条件な愛が。愛して、愛されたくて、肉体で交じり合いたかった。セフレでもプラトニックでもそんな制約つきの愛なんかじゃない。全てで感じるような―かといって激しさが必要な訳でもない―愛が欲しかった。だが、そんなものは生きてる内になかった。欲しかったから逃げ出したのもあった。気持ち悪がられると思った。醜い容姿だから。  だけど、それは本当は望んでもよかったんじゃないのか?それを望まずに何の為に生きようというのだ?誰がこの想いを拒否できるのだ? 「別にいいけど、オレとは関わんなよ」と別の幽霊が言った。 「お前さんは生きてても幸せなんかなかったろうな」と先祖の幽霊が言った。 「アイタタ…」と女性の幽霊が言った。 「もう一度、人生をやり直したいか」とどこかから声が聞こえた。 「死にたい」と言った。  そこで、私は生き返ったのだ。病室だろうか。清潔というよりは潔癖な壁に天井、私の寝てるシンプルなベッド、点滴。体を動かしてみようと思ったが全身が言うことを聞かなかった。 「気分はどうですか~」と看護婦さんが話しかけてきた。見るとまだ若く綺麗な顔つきで、制服には形のよい大きな胸がくっきりと形どられていて、時代的にスカートではなかったものの、その脚線美はスカートであること以上に目を引いた。 「最高です」と僕は言った。 「それはよかったです」と看護婦さんは言った。 「好きです」と僕は決心して言った。一度死んだのだ何の迷いもない。  看護婦さんは微笑んだままだった。けれど、そのままずっと、微笑んでいてくれた。
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