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「別に……あたしはそーゆーの、気にしないから」
「何だよそれ。ちぇっ、心配して損した」
「心配って、あたしを? へぇ~、意外とフェミニストなんだぁ、浩くんって」
「そんなんじゃないって! ついでだよ、ついで。帰る方向が一緒だからさ」
と、ぶっきらぼうに答えたものの、彼女が別に怒っている様子もなかったので、僕は内心でほっとした。
自転車を押しながら、僕は希と並んで歩き始めた。
この二週間、同じアトリエで放課後を過ごしていたくせに、こうして彼女と一緒に帰るのは、実は今夜が初めてのことだった。
モデルの役目が終わればさっさと引き上げる希に対して、僕の方は後かたづけや何やらで三十分ばかり遅くなるのが常だったからだ。
「そういや、初めてだよな? 一緒に帰るのは」
「そうだね」
「希んちって、どのあたり? 駅の近く?」
「ん……ちょっと離れてる」
田んぼの方に視線を逸らし、あいまいな口調で答える希。
わずかの間、気まずい沈黙が二人の間に漂った。
この時になって、僕は彼女自身についてほとんど何も知らないことに気がついた。
アトリエにいる間、結構会話は交わしていた。
いったん打ち解けると希は意外なほど好奇心旺盛で、僕が描いている油絵のこととか、転校して来て間もないこの学校や町のことなどについて、モデルを務めながら盛んに尋ねてきたものだ。
互いに名前で呼び合うのも彼女の提案だ。
「佐藤」という自分の名字が平凡すぎて好きじゃない、というのがその理由だった。
しかし今思えば、僕に色々と訊いてくる割に、彼女自身は自分の家族のことや、前の学校のことなどについてほとんど語らない――というか、そうした話題に触れられるのを避けるため、先手を打ってあれこれ話しかけていたような気さえする。
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