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(まあ、話したくないなら、無理にとはいわないけど……)
東京からわざわざこんな田舎町に越してきたのには、ひょっとしたら学校でのいじめとか両親の離婚とか、あまり人に話したくない事情があったのかもしれない。
そんな詮索より、今の僕にはもっと気がかりな問題があった。
「下絵のことだけどさ……気に入らないようなら、描き直したっていいんだよ? まだ時間はたっぷりあるし」
それを聞いて、希は意外そうな顔で瞬きした。
「何で? 直す必要なんかないよー。あの絵、すっごくイイよ。早く完成したのが見たいな」
「でも、さっきは……」
「ああ、あれは――あはは、ちょっと妬いちゃったの。絵の中のあたしの方が、ずっと素敵だったから。ごめんね、せっかく美人に描いてくれたのに」
誉めてくれたのだろうが、それは僕にとって甚だ心外な言葉だった。
「誤解だよ! モデルになってくれたことは感謝してるけど、別に美化して描いたわけじゃない。もちろん写真じゃないから、何もかも生き写しってわけにはいかないけど――少なくとも僕は、自分の目に映った君の姿を、ありのままに描いたつもりだ」
「ふうん。浩くんの目には、あたしがあんな風に映ってるんだ?」
「ああ」
「ふふふ……何だか嬉しいな。ありがと」
そういってニコっと笑った希の表情が妙に魅力的だったので、なぜだか急に照れくさくなり、今度は僕の方が視線を逸らす番だった。
それまで単なるクラスメイト、そして油絵のモデルとしか見ていなかった女の子が、急により身近な存在になったような気がした。
現金なもので、僕は何とかして彼女のことを「もっと知りたい」と思い始めていたのだ。
だがその時、舞い上がりかけた僕の耳に、独り言のようにポツリとつぶやく希の声が飛び込んだ。
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