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マスターは、ただ静かにたずねました。
『南の海が、こういう色をしていない、とは聞いていますが。本当に?』
青年は困ったように首を傾げて、説明します。
『僕の国の海は、黒いんです』
青年が生まれるずっと前から、南の海は黒くよどんでいました。
『東で昇る太陽も、たまらず逃げて、西に沈むのさ』
そんな揶揄を、青年はよく耳にしています。
気を取り直したように笑い、彼は話しました。
『ある日、僕の住む街に、旅人がやってきて、海を見てとても驚いたようでした。…そして、教えてくれたんです』
海の水は、本当は黒くありません!
『…街の人たちは、誰も信じませんでした』
『でも、お客さんは信じたんでしょう?』
マスターの言葉に、青年は苦笑します。
『話を聞いただけで、素直に信じたら、かっこよかったんですが…』
困ったようすで、耳の後ろをかいていた青年は、その手をポケットにしまい、中から筒状に丸めた紙を取りだしました。
『旅人が描いたこの絵を見て、信じたい、と思ったんです』
青年からマスターへ、紙がわたされました。
マスターは一瞬、不思議そうにそれを見ましたが、素直に紙を受け取って、封を解いて開きます。
中には、やわらかな色で描かれた、真昼の海の絵がありました。
『…これは!』
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