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マスターは、カウンターの奥の壁を振り返りました。
金色の絵が飾られています。
青年もマスターの視線を追って、壁に飾られている絵に気がつきました。
『そちらは、夕日…ですか? あの子が描いたんですね』
青年は、ふと、海へ視線をむけました。
カウンターにある絵と、青年が持っていた絵は、同じ構図で描かれています。
時間帯が、昼間か夕方か、の違いだけです。
そしてその風景は、今ちょうど、青年がカフェのカウンターから眺める、この西の海でした。
『彼女は、僕の街を通っていきました』
青年は、懐かしそうに言いました。
『元気そうでしたか』
マスターの問いに、青年がすぐさまうなずきます。
『はい。それはもう』
何を思い出したのか、おかしそうに笑った青年を見て、マスターはほぅっと、息を吐きました。
『じつは、預かりものがあるんです。次は持ってきますよ』
青年は、心底安堵しているようすのマスターへ、そう伝えました。
ちょっとした下見のつもりできたのに、すっかり汗をかくことになった、あの坂道のことを思うと、さすがに少し憂鬱になります。
しかし、マスターは預かりもの、と聞いて、にわかにまくしたて始めました。
『あの…今日の夕方は、だめでしょうか。もう少し待っていれば、郵便馬車がきますから、それに便乗してお戻りなさい』
それは馬車とは言え、ラバが引く荷車も同然な、粗末なものです。
歩きよりはまし、という程度です。
『また坂をのぼってもらうのは、心苦しいですが…』
先ほどまでの、落ち着いたようすはどこへやら。
気圧されるかたちで、青年は承諾していました。
『わかりました! 夕方に、改めてうかがいます! それでいいですか』
『あっ…いや、その…』
はっと我に返り、マスターはなんとか言い訳を探そうとしましたが、結局はこう言うだけでした。
『申し訳ない』
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