十章

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そもそも、なぜ人間という生き物は同じ種族である人間を殺すのだろうか。 憎いから。気に食わないから。己の邪魔をしたから。恨んでいたから。 これらは所詮上辺だけの言い訳にしかない。 憎いから――なら憎くなければ殺してはいけないのか。 気に食わないから――なら気にいったら殺さないのか。 己の邪魔をしたから――ならもし己が邪魔をしていたら、そいつに殺されてもいいのか。 恨んでいたから――勝手に恨んだのは己だろ。なぜわざわざ殺さなければならないのか。 所詮、人が人を殺すのに理由はいらないのだろう。仮にあったところで、“人間を殺した”という結論は変わらない。 理由はどうあれ、結局殺した事実に行き着くのなら、理由なんてつける意味が無いと思う。 だが人はその理由をつけようとする。なぜ? 私にはわからない、わからない、わからない――。 私は理由なんてつけないから。私に理由なんて無いから。 私は人の気持ちを、理解出来なかったから。 あの人が、あの最低が、私の前に現れる前までは、理解出来なかった。 あの人は本当に、前触れもなく私の前に現れた。 血にまみれた身体で、ただ悠然で、忽然で、そして毅然に、彼は私と相対した。 恐かった。逃げたかった。死にたくなかった。生きたかった。 彼は鎖に繋がれていた私に、生きているのに死んでいた私に、たった一言、こう言った。 ――お前、人間らしいな――。 それが私と《最低》との初めての出会い。 偶然だけど必然でもある、確かに存在していた出会い。 私はどうやら人間だったみたいだ。 今まで死んでいた私は、また生きることを始めようと思った。 人間が人間を殺す理由はわからない。 けど、もしかしたら、これはわからないままで良いのかもしれない。 私はただ、貴方の為にありとあらゆるモノを始末するだけ。 私は貴方が死ぬまで、決して死なないことを誓いましょう――この血眄絢の、名の下に。   
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