十章

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唐突ですが、人が人を殺したいと思うことも、人が人を守りたいと思うことも、それはその者が人であるからこその行動だと私は思います。 人を守る為に行動する者を偽善者と称するものもいますが、果たして本当に、彼が彼女がただ偽善の為だけに、誰かを守ると決めていると、断言出来るのでしょうか。 それは所詮、本人にしか判らない、判りえない。 誰が誰を何が何を彼が彼女を彼女が彼をお前があいつをあいつがお前を貴方が私を私が貴方を──ただ純粋に、一心に、たとえ偽善者と称されようと守ると誓ったのなら──それを第三者が、たがが他人の分際で、つべこべ評論しようが評価しようが、滑稽でしか他ならない。 「何故なら私が、最高で究極的にこの世で偽善者と認めたのは──お人よしで友達想いで“口が少々滑りやすい”《最低》ただ一人だけだからです」 黒き翼を羽ばたかせ、紅き瞳を煌めかせ、喜色満面さながらの笑顔で、彼女は自分を見上げる《最低》と相対する。 これは偶然でもあり──必然でもあり──運命でもあり──命運でもある、今確かに実在しているただひとつの邂逅(かいこう)。 「……そうですね。今の私の気分は、さながら生き別れた妹に十数年振りに会う兄のような心境ですね」 「どんな比喩してんだよ」 殺人鬼が思わず口を開く。 「……。つい最近会わなかっただけだが、懐かしいな。調子はどうだ?」 「上々の上々の更に上々、とでも言っておきますか。 まあ積もる話しも沢山ありますけど、それは後日、私の部屋でしましょう。 今はあれを始末するのが最優先……で、良いですよね」 放たれた三角錐の無数の土は、会話をする三人から外れた位置に陥没している。 男が瞳を大きく見開き、驚愕の色に顔を染める。そしてその視線は、殺人鬼でもなくましてや最低でもない、この場に居る筈のない人物に注がれている。 「ふふ」 そいつは心の底から嘲るように、男を見て笑んでみせる。 そいつ──血眄絢は、ただ悠然に、そこに存在していた。  
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