十一章

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「過ぎたことは気にしない。とにかく秋巴さん、どこか適当な──場所の壁を壊して、外に出ましょう」 「……? どうしたんです、顔色悪いですよ?」 「……すいません。どうやら、もう、時間のようです。 私は、マスターの心獣なので、マスターの心身の疲労は私にも伝わって──」 かく、と膝が折れ、氷劉はその場に力無く座り込んだ。顔を紅潮させ、息が乱れている。 「え、ちょっ、まさか氷劉さんまで発作に?」 なぜか氷劉が来てから今までの時間だけ、本が飛んで来ないのを不信に思いながらも、秋巴は座り込んでいる氷劉の側にしゃがむ。 やはり、彼女も終夜同様、若干だが熱が出ていた。 「これでは、単に足手まといが一人増えただけじゃないですか」 時折周囲を何度も確認しながら、秋巴は氷劉を終夜の隣に寝かせる。 「まあ、もう一人、若干の足手まといがいますけど」 さっきとまったく進展なく、魔法で壁をつくり、本から身を守っている慎治を見て秋巴は嘆息する。 そして一度だけ、彼から視線を外す──が、すぐにまた、彼のいる方をばっと振り向いた。 次に驚愕し、目を見張る。限界まで、目を見張る。 「──。────」 ──唖然。 普段の彼女からは見られない。口をだらしなく開いたまま、硬直。 裏の名が硬直するほどの、秋巴が声を、出せないほどの──あまりにも、ふざけたその光景。 慎治もそれを目にし、彼女と似たような表情を浮かべる。口元を引き攣らせ、無意識にそれから一歩、後ずさる。 それは果たして、生物と呼べるものなのか。 仮に生物だとしたら、この世でそいつのような生き物を見る機会は、今、この場にいる秋巴たちに限られるだろう。 全長は、こいつの場合は高さ二メートル。奥行き一メートルといったところか。 歯の無い口から、青い色をした長い舌をだらしなく垂らしている。 ぎょろぎょろと、気味悪くうごめく、馬鹿でかい一つ眼。 それらのパーツはすべて、一冊の赤い本についていた。  
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