十一章

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濡れた手を見つめたまま、石像にでもなったかのように動かない秋巴。 ただ一心に、化け物の唾液がついた手を見つめる。 そして二十秒ほどの間を置いてから、彼女はすっ、と腕を力無く垂らした。 ──刹那。 耳をつんざくような、声にならない叫び声が図書室中に響き渡った。それと同時に、ぼとりと音を立て、何かが秋巴の前に転がる。 化け物の舌だった。 「…………」 朧げな眼差し。 無言で黒い鎌を構え、秋巴は悶え狂っている化け物に一歩近づく。 そして血走っている一つ眼に向かって、右手に持つ鎌を静かに振り降ろした。 鎌はいとも容易く眼球を突き抜け、逆側の裏表紙から刃先が突き出る。 化け物から赤い血は出ない。 ただ悶え、苦しんでいるだけ。 そんな化け物の様子を見て、秋巴はうっすらと──注意深く観察しなければ判らないくらい、うっすらと──微かに笑みを浮かべた。 「…………ふふ、ふふふ。ははは、ははははっ──死ね」 眼球に刺さったままの鎌を、一気に下へと落ろす。 化け物の体は、中途半端な位置から左右に割かれる。 「ははっ、はははは──!」 いつの間にか彼女の左手には二つ目の鎌が握られており、今度はそれを左から右に振り、化け物を切り裂いた。 死神は、それでも足りないと言わんばかりに、四つに分断され既に原形をとどめていない化け物を、何度も鎌で突き刺し、突き刺し、突き刺し、突き刺す──。 その頃には秋巴を誘導していた壁も消えており、入口を塞いでいた障壁も消えていた。 だが、そんなことは、死神の目には映らない。 振り降ろし、突き刺し、壊す。破壊。破壊。破壊──。 静寂など、その場にはない。 静寂など、そこには相応しくない。 「ははは──」 もう何を壊しているのかも判断できていない死神が、何十回目になる鎌を振り上げる動作をした直後──。 一人の人間が、死神の前に現れた。  
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