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◆
それは唐突だった。
市街地のいたるところで、青白い光が浮遊しはじめたかと思うと──それらは狼に似た形をかたどり、街中を縦横無尽に駆けはじめた。
当然、人々は突然現れたそれらに驚き、恐怖し、逃げ惑う。
ある者は家屋に逃げ込み、またある者は悲鳴を発しながら、ひたすら走り続けた。中には獣と対峙しようとした勇敢な者もいたが──そのあまりの数に押され、結局のところ逃げるしかなかった。
悲鳴が悲鳴を掻き消す。
青白い獣は、ただひたすら逃げる人間を追いかけ、噛み殺した。
そんな中、街中のとある広場の中央で、その血色にも似た赤い髪を靡(なび)かせながら──黒条暁は次から次へと襲い掛かってくる獣を、片っ端から蹴り飛ばしていた。
「ああもう! めんどくせえなおい! どんだけいんだよこいつら!」
今夜食べる予定だったのか。片手に夜食の入った買物袋を持ちながら戦う彼女は、いくらでも湧いて来る獣たちに苛立ちを覚えていた。
それはそうだろう。彼女は強い敵と戦うことは好きだが、弱い敵をひたすら倒すことは大嫌いなのだ。
だが、彼女のそんな趣向は、敵にとっては関係ない。
「…………」
暁も本気で苛立ってきたようで、手に持っていた袋を遠くにぶん投げると、額に青筋を立てながら獣たちを睨みつけた。
そして、そんな彼女の頭には、“周囲に危害を加えないように戦う”などという考えは、既に消え去っていた。
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