さよならの空

5/5
前へ
/42ページ
次へ
「あの時みたいだね」 「そうだね」 「分かる? 王子駅のこと? 覚えてる?」 「覚えてるよ。もちろん…」 忘れるわけないじゃないか。 だけど。 その先の言葉が言い出せない。 空の命はあと何秒残っているんだ? 空に伝え忘れていることはないか? その事は何秒あれば伝えられる? どんな言葉なら。 この愛を。 この誰にも負けない空への愛を伝えられる? 彼女は僕の手を握りしめる。 ギュッと。 その小さな身体精一杯の力で。 これが僕に対する空の精一杯の愛情表現なんだ。 太陽が落ち込み、波が暗闇に引きずり飲み込まれていく。 「私のこと、忘れないでね」 「忘れないよ…」 「絶対だよ」 「もちろん…」 潮風が弱まっていき、空はより漆黒な雲を引き連れ僕らを覆う。 そんな中、空の顔だけが明るく光っていた。 そのいとおしい顔は笑顔で。 「浮気、しちゃダメだから…」     大好きでした。 と小さな、呟くような弱い声で空は言った。 全てのものは動きを止めた。 潮風も。 さざ波も。 鳥のさえずりも。       空も。 そして、それが彼女が言った最後の言葉だった。
/42ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加