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段々と落ち着いてきた友也はもう一度、深く息を吸うとゆっくりと吐き出す。「……すいません………もう…大丈夫です……。」
「本当に?……なら…いいけど。」
男に支えられるようにしてゆっくりと立ち上がった友也はその時、初めて男の顔をまともに見た。
男は眼鏡を掛け目元は鋭く茶色に透けた髪が綺麗で友也は思わず礼を言うのを忘れてしまった。ハッと我に返り慌ててお礼を言う。
「あのっ…どうもありがとうございました。」
「いや……それよりも本当に平気?駅まで送っていこうか?」
まだ心配そうに自分を見下ろしている男に友也は小さく笑う。
「大丈夫です……家、近いですから。」
そう言えば男はまだ少し心配そうな顔を見せたが「それなら、いいけど」と微笑み「じゃぁ、気を付けてね」と言ってゆっくり歩き出した。遠くなっていく男の背中を友也は見送った。
澄んだ青空に桜が舞い散る入学式。
そこで初めて出会った男は何処か不思議な感じがした。大きく温かい手の感触がまだ残っていて友也はそっと肩に触れ小さく息をつくとゆっくりと瞬きをする。
「春…かな……。」
その小さな呟きは風に乗って空へと吸い込まれていく。
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