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暗い夜道、歩く影二つ。先を征く女、後に着く男。その距離は決して近くないが、しかし遠いとも言えず。しかし、異様であった。
女は早足で、まるで何かから逃げるようにやや前傾の姿勢で歩いていた。
男は女との距離を決して埋めようとはしなかったが、まるでそれ以上は離されないように女に歩速を合わせているだようだった。
奇妙で不気味な距離感が男女の間に隔たっていた。
ふと、女は褄先を90度の角度で転換させ、建立するビルの間に潜り込むかのように歩みを進めた。
後ろを歩く男もまた、追いかけるかのようにその路地へ曲がる。
その路地には人の気配はなく、ただ陰湿で淀んだ空気が、肺を満たそうとするが如く充満していた。
蒸し暑い。女は額から流れるものを感じた。蒸し暑い、それだけではない。
相当な時間を歩いていた。男の荒い吐息が、女の鼓膜を不愉快に叩いた。疲れた、それだけではないのではないか。
女はそれまでよりも更に歩調を早くし、街灯が点滅する曲がり角を曲がった。
曲がるその刹那、ふと横目で男を見る。
その僅かな気配さえも敏感に覚り、男はあからさまに顔を背けた。
そして、素知らぬ様子で女と同じ道を辿る。
女の歩調は静かだったが、早歩きだった。次なる加速は、駆け出すことでしかできないくらいに。しかしそれでも、男はまるで反発する磁石がこちらに寄ってこようとするかのように、一定の距離を保ったままだ。
次の、曲がり角。そこまでの道のりをゆっくり歩いた。それはおそらく、苦虫を奥歯で噛み締めるほどの苦行であったに違いない。
そして、今まで通りに角を曲がった、その瞬間。
駆け出した。後ろを振り返ることなく、疾駆した。
そしてその瞬間、ニヤリと笑いながら同じように走り出した男を見て、その顔が恐怖に彩られた。
「いやぁぁぁぁぁっ!」
長い、長い帰路の果て。
女は荒い呼吸を整えることなく、自室の部屋の鍵を思い切り閉めた。
男の足音が聞こえないことを、数分かけてようやく悟ると、そのまま床に沈んでいった。
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