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その声の冷たさに相川の表情を伺う。
影になった相川の顔は表情が全く分からな
い。ただ声だけが鮮明に聴こえる。
テノールの声が暗い響きを伴い、体を支配するような錯覚すら覚える。
危険だ。
脳内で誰かがそう告げた気がした。何故かは分からないけれど、恐怖の念が込み上げてきて身体が硬直する。
「俺はどうしても逢わなきゃいけない。探し出さなきゃいけないから。俺の唯一の人を取り戻したくてね」
その目に一瞬だけ狂気にも似た感情を見つけ出す。次の瞬間声が一変して、相川はまた笑顔を見せた。
そこに浮かぶのは人懐っこい犬のような、明るい微笑。
「なんて、冗談。信じた?」
とても冗談に見えない。そう言うのが躊躇われて、引き攣った微笑を見せる。
微笑になっていたかどうかも、七瀬には分からない。顔の筋肉が強張って上手く動かなかった。
「何だ……。びっくりしたじゃないですか」
「まあ、逢いたい人が居るのは本当だけどね。俺の家、此処だから。また」
手を振り家へ入っていく彼に七瀬は手を振り返す。家に入った瞬間、逃げるように走り出した。
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