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逃げなくては。知られないように逃げなくては。
そう思って、見えるはずもないのに細い入り組んだ道を七瀬は駆ける。
家の前の路地まできて、漸く七瀬は身体の力を抜いた。ユエに彼の存在を言わない方がいい。ただそれだけを考えて、立ち尽くす。乱れた呼吸が、整わない。
不意に目の前が暗くなって聞きなれた声がした。
「七瀬」
「ユエさん……」
顔を上げた時に彼を認識して、言いようのない不安に襲われる。急に彼が何処かに消えていくように思えて仕方がない。
「どうした?」
「いいえ」
「泣きそうな顔をしている」
長い黒髪を項で束ね、シャツとジーンズを着こなす彼は天使だったとは思えない。けれど七瀬はかつて天使だった彼を知っている。それ故に怖かった。失うことが分かっているから、寂しかった。
七瀬の表情を見て、ユエが口を開いた。
「七瀬、」
「はい?」
「猫は好きか?」
余りにも唐突な質問に声が出ない。無言を肯定ととったのかユエは七瀬の手を引いた。
歩いて辿りついたのは近所の公園だった。
「ほら」
足にすり寄る感覚に下を見ると其処に居たのは一匹の猫だった。辺りを見渡すと何匹もの猫が群がっている。
「可愛い……」
しゃがみこんで撫でるとごわごわとした毛の質感が手に伝わる。じゃれるような猫に強張っていた表情が綻んだ。
「……よかった」
低い呟きに隣を見る。同じように猫をあやしながらユエが幽かに微笑を浮かべていた。
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