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「七瀬が苦しそうだと困る」
「……」
「よくわからないけれど、初めて逢った時に凄く安心した。漸く見つけたと思った」
「そう言うセリフは心から好きな女の人に言ってくださいね」
「……気をつける」
そういうユエはいつもと同じ表情だった。それでも七瀬へ向ける表情が優しく見えるのは、都合のいい解釈なのだろうか。
「ユエさん」
決別をしたくはなかった。けれど割り切らなくてはいつか苦しませることが分かっていた。ユエの重荷にはなりたくないのだ。優しいこの人はきっと七瀬を無視しては帰れないのだから。
「いつか貴方の記憶が戻って、本当に大切な探し物が見つかったら、きっときっとそこに帰って下さいね」
泣きそうな表情で七瀬は笑った。その顔がとても哀しいものに映って、ユエは目を逸らす。
「……餓鬼が」
ぽつりと吐いた悪態は淡く落ちた陽が残る空間に溶けて消えた。
「餓鬼って、」
不意に割れるような頭の痛みに、七瀬はこめかみを押さえる。意識を保つことすら難しくなる程の苦痛に身体が強張る。
「七瀬?」
ユエの手が七瀬の肩に触れた瞬間、貫かれたような痛みが走って、意識が遠のくのを感じた。驚いた表情を見せるユエの声を耳に残して七瀬の意識は暗闇に呑みこまれていった。
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