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 夢だと、思った。青白く広い部屋に七瀬はいた。胸を覆うのは不安だけだった。  「ユエ」   そんな声を七瀬は遠くで聞いた。柔らかな布が七瀬と空間を隔てている。  「お呼びですか、姫様」  しゃらんと鎖が鳴る音と低い声、失われた筈の紫紺の翼。柔らかくうねる夜の闇のような髪は背を覆い、ただ真っ直ぐに前を見据えている。  その姿は、なんと美しいのだろう。  「話し相手になって。この布の中に入ってきて」   頷いてユエが布の内側へと入っていく。その先には一つの玉座があった。誰かが座っているけれど曖昧で形を掴めない。  「ねえユエ。もっと近くまで来て」  「私は一兵士。どうして近寄ることが出来ましょう」  その言葉に、玉座の奥で誰かが淋しそうに微笑した。  「何故貴方はそんなにも彼に似ているのかしら。雰囲気も声も何もかも。どうして。私と彼の一部分でしかないのにどうして……」  いたたまれなくなったようにユエが目を逸らす。その人物は立ち上がり、彼の元まで歩み寄った。  「ねえユエ、私はもう死んでしまいたい」  「戯れごとを」  ユエの声は震えていた。必死に目を逸らしている。 縋りつくように彼に抱きついた存在に彼は触れなかった。静かな泣き声だけが響き渡る。ユエの手は小刻みに震えていた。その人物に触れようとするのを躊躇うかのように。  「私の、最愛の姫様。どうか、泣かないで下さい。他の者も哀しみます」  「もういいのです。要らないのです。あの人以外要らない……」  抱きついたまま泣きじゃくる声が七瀬の耳朶を打つ。何故だか胸が痛くて堪らなかった。  夢でしかない筈なのに七瀬の一部はその景色と深く共鳴していた。  小さく誰かの名を呟いた気がするけれど、誰かは分からない。頬に涙が伝い落ちる感覚がした。
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