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2
七瀬が倒れていくのをユエはただ見つめているしかなかった。地面に触れる寸前、慌てて身体を支える。その身体は冷たく、軽い。
支えたその身体を抱えて、彼女の家まで急ぐ。ベッドの上に置いた瞬間に息を吐いた。
また、失ってしまう。
そう思うと苦しくて堪らない。遠い記憶の何処かで、その誰かを助けられなかったことがユエの中で深い後悔にも似た感情を残していた。
「ひ、めさま」
微笑する誰かのヴィジョン。幸せだった唯一の時代。そして崩壊。誰かが自分の名前を呼んで絶叫している。
――ユエ!
そんな目で自分を見るなと言いたかった。ユエにとってその誰かが誰よりも大切だった。護らなくてはならなかったし、側に居なくてはならなかった。
誰に言い訳をしているのかも理解できないままユエは溜息を吐く。それは静寂の部屋に重く響いた。
「ユ、エさ……」
小さな声に七瀬を見る。彼女の目じりから涙が伝うのが見えて手を伸ばす。ガーゼに覆われた左頬に手が触れた。
刹那、熱を感じて反射的に手を引いた。解れた包帯から見える首筋には、不可思議な幾何学模様が刻まれている。
「あ……」
どくん、と心臓が強く脈打つ。記憶の片隅を刺激するその模様が思い出せない。突然七瀬の目が開いた。
「ユエ」
夢うつつのようなその目は深い色を宿している。
七瀬の唇だけが動いて何かを言おうとしていた。その姿にぞっとしてユエは彼女の身体を揺さぶった。
「おい、七瀬! しっかりしろ!」
自分が何を言っているか分からなかった。ただ予感だけがあった。きっとこのままでは居られないのだろうと。その鍵はなくした記憶と関係があるのだ。
思い出したい。けれど思い出したくない。二つの思いをぶつけるように強く七瀬を揺さぶる。
「ユエさ、な、何?」
どれくらい揺さぶっていたのだろう。戸惑うような七瀬の声と表情で自分がした行動に気がつく。
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