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 「いや、魘されてたから覚まそうと思って」  苦しい言い訳を信じたように七瀬が頷く。薄く唇を開き、躊躇うように視線を動かして、彼女は顔を伏せた。その姿は雨の中で震える子供のように頼りない。  「七瀬」  「はい」  「少し出てくる」  彼女から逃げるようにユエは家を出た。空は既に闇に包まれていて、あの夕焼けの名残すらない。  その色に吸い込まれるような、錯覚。街灯が少ないせいか星がやたら綺麗に見える。  誰かの寂しげな微笑が過る。夢の面影が一瞬、はっきりとした輪郭を持って。  「ヒメサマ」  小さくその単語を呟き空を仰ぐ。無性に帰りたかった。何処か分からない、かつて居た場所へと。  早く行かなくてはいけないのに、行くことが出来ない。手を幾ら伸ばしても届かない。ただもどかしいだけの距離。  救いたい、でも救うことなど出来ないのだから。自分にはもう――  何処かで鳥が飛ぶような音がして、一枚の羽が落ちてくる。大きな灰色の羽はユエの手に落ちた瞬間幻のように消え去った。  「……疲れてんのか」  自嘲気味に笑うとユエは踵を返す。彼は、自分を見つめる影に気がつくことはない。  「ユエ――」  小さな声は、風に吹かれて、消えた。  影は泣きだしそうな程に顔を歪めて、手を伸ばそうとする。その手が伸びることはなかった。  小さく唇が動いて声なき言葉を紡ぐ。頬を涙が伝って、影は目を閉じた。拳を握り発した言葉は闇に消える。  「君を、取り戻すよ――」
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