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「待って」
不意に聞こえてきた声が腕を引いた。
振り返ると要が七瀬を見ていた。困ったような、それでも優しい表情で七瀬を見つめていた。人気者の微笑みを七瀬に向けていた。
「そんなに怯えないでくれる?」
「怯えてなんていないんです。それに私は」
「じゃあ今日も一緒に帰っていい?」
「は?」
放課後の約束を取りつける理由が分からなくて七瀬は首を傾げる。誰とでも、勝手に帰ればいいのに、何故わざわざ七瀬を選ぶのだろうか。
「俺さ、あのクラスの人たち気持ち悪いんだよね。よくわかんないけど、築城さんを何も知らない癖になんか決めつけてるのがすげえ嫌」
「えっと、」
「だから俺と友達になってくれませんか」
差し出された手を反射的にとる。拒否できずに流される自分が疎ましくて仕方がない。その手はぞっとするほどに冷たくて、七瀬は息を呑んだ。思わず見つめた要の目は、暗い廊下の所為か淀んでいる。
淀んだ瞳に、怯えたように彼を見つめる七瀬の姿が奇妙に歪んで映っていた。映る歪んだ姿の自分を七瀬はぞっとした心持で見た。
「よかった。築城さん。俺戻るけどどうする?」
「私、もう少ししてから戻りますね……」
「わかった」
爽やかな笑顔を見せて要が踵を返す。要は七瀬に見えないように、唇を歪めるように笑った。
一瞬で消えたその笑みは、陰惨で、ただ暗い喜びだけを湛えていた。
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