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逢魔が時。夜と昼の境が最も曖昧な時間に、ユエは歩いていた。バイト先の店長から渡されたのは二つのケーキ。
ユエは頭の片隅で七瀬が喜ぶかを考える。昨日、倒れた彼女はいつもよりも儚く、そのまま彼女自身が消えてしまいそうな程に頼りなかった。もしかしたら七瀬という存在を再確認したかったのかも知れない。
「見つけた」
アパートの手前で掛けられた声にユエは振り返った。
そこに居たのは異質な存在だった。
中心で染め分けたように色の違う髪。それは金と黒に煌めいている。なによりも異様なのはその服装だった。首輪にも似たチョーカーを巻き、肩の出たシャツはファッションだろうか、裾に穴があき、フリルが見える。短いズボンにニーハイソックスを合わせ、ごついデザインのブーツをはいている。
中性的な、容貌だった。性別を錯覚させる。
「ユエ、漸く見つけた。帰ろう。俺が君の翼も何も治す。ユエを守るから」
「誰だ、あんた」
そう言うと彼は目を見開く。
「は……? どういうこと? 覚えてないの――?」
「すまないが、わからない。第一、何処へ帰れと云う。俺はもう」
帰れない。そう言いそうになる自分に戸惑う。ユエはじっと少年を見つめた。表情が消えていき、代わりに妄執にも似た強い光がその目に浮かぶのを見る。
刹那、唇に感じたのは柔らかな唇。そして微かな痛み。唇の端を噛みきられたのだ。そう気付いたのは、一瞬後だった。
「認めない。ユエには俺しかいない。俺しか――イドルしか居ないんだ。ユエの世界には、俺しか、居ない」
灰色の翼が広がり、強い風が吹き荒れる。目を閉じて開いた時、そこに居たのは茫然と立ち尽くすユエだけだった。
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