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「ユエ」
「いい、名前ですね」
微笑んだままで、少女は問い続ける。
「何処から来たのですか」
「……何処?」
「何をしていたのですか?」
少女の質問に答えたくともユエの中にその答えはなかった。頭の中には何もない。全てが真っ白で、何一つ思い出せなかった。
「……何か、大切なものを探してる。それ以外、何も」 「……」
「世話になった。もう行くから」
「……行って、何処かで生き倒れになるのですか?」
静かな声に何も返せない。肯定の代わりにユエは立ち上がる。瞬間、少女に手を掴まれた。
「何処にあるか分からないものを探して、生きる場所も無い。そんな人を何処かに行かせるのは人としてどうかと思うのです」
顔を見る。黒い瞳にずぶずぶと沈んでいくようでユエは眩暈を覚えた。 全てを見透かされているような、不安に鼓動が早まる。
「だから、私にお世話させて下さい」
縋りつくような表情。迷惑をかけるのはユエなのに、しがみ付くのは少女だった。
「……すまない」
「いいのです」
「……あんたの名前は」
少女は目を見開くと、綺麗に笑って答えた。
その声を、表情を、ユエは一生忘れないだろうと、思った。理由なんて、わからないけれど。
「築城七瀬」
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