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「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
七瀬とユエが共に過ごすようになって一月が経った。ユエはアルバイトをしながら図書館やインターネットを駆使し、情報を探しているようだった。
ずっと、居て欲しい。そう思う自分自身に気がつき、七瀬は唇を歪める。左頬に触れると、もうひとつ心臓があるかのようにどくどくとした鼓動を指に感じた。そこにあるものをなぞるように七瀬は指を動かす。
学校に近づけば近づくほどに呼吸が苦しくなる。生徒たちの喧騒の中にどうしても七瀬は入れない。
異端なのだ。
それに気がついたのは何時からか。
クラスに入る瞬間、話声が止まり、彼女に視線が向けられる。どこか怯えているような、表情。
いじめではなく、排除。異端ゆえに忌避され、遠ざけられる。七瀬は自分の気配を薄めるように席に着いた。
ユエと暮らし始めてから、学校で今まで感じることのなかった息苦しさを感じるようになっていた。誰とも関われないことが、苦しい。押し込め続けた感情が再び顔を出すのに気がつく。
思い出してはいけない感情、そして欲求。
何かあったら言え。そんなユエの声が頭の中を過って、目を閉じる。携帯電話に入ったメモリーは、ユエと伯父夫婦のもののみだった。それは増えることなく、メールや電話も来ない。
「今日、転校生来るんだってー」
そんな声がして七瀬は顔を上げる。もしかしたら、仲良くなれるのかもしれない。そんな思いが胸を覆い、すぐさま振り払う。自分は人と仲良くしてはいけないのだ。
窓の外をぼんやりと眺めているうちに、喧騒は遠退き、何時の間にか時間が経過していった。
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