シークレット・ガーデン

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  『お前は何者だ?敵の間者とは、とても思えないが…』 「そんな怪しい者ではない!迷ってしまって…道案内が欲しいだけなんだ」 『……右の赤い薔薇の門をくぐれ。その突き当たりの広場に居る』 「えっ?」 響く声は何かが途切れる感触と共に聞こえなくなってしまった。後に残されたのは、傍目から見たら独り言を言っているようにしか見えなかったであろう僕が一人。 「…赤い薔薇の門を、まっすぐ……」 僕は再び歩き出した。 門をくぐった先に伸びた長い生け垣の回廊の先は確かに広場のようだった。 金属の扉の重さに若干ためらったが、押し開け滑り込む。 「わぁ……!」 その先の広場は正に薔薇の園だった。 開いた花弁の色はどれも重厚なワインレッドで、空気は強すぎないのに存在感のある甘い香りに満ちている。深い緑の壁に囲まれた空間にぽつぽつと白い石のアーチや東屋が点在する箱庭のような風景に、僕は思わず足を止め感嘆の声を上げた。 その時だ。 「道に迷ったというのに、随分と呑気な奴だな」 「!?」 突然の背後からの声に僕は慌てて振り返った。 白い柱の影から人影がすっ、と立ち上がる。その姿が真っ直ぐこちらを向いた時、僕は思わず息を飲んだ。 「迷い人、道を亡くしてここに来たのではないのか」 「貴方が…声の…?」 「お前、名は何という?」 「ぼっ、僕…いや、我が名はアキレス!南のルスラン王国第一王子だ」 「ルスラン…?ふむ、そう言えばそんな訪問があると言っていたな……」 記憶を探るように顔に添えられた手は真っ白で、風に揺れる長い髪は夜を切り取ったように真っ黒だ。 その黒髪から突き出た鈍い金色の小さな角から、目の前の人物が人間ではないことは見てとれたが、僕はその姿から目を離すことが出来なかった。 (なんて綺麗な…まるで、闇に浮かぶ月の精霊のような…!) 「……おい、聞いているのか?」 「えっ!?あっ、あぁ、何っ?」 相手との距離がほんの10数センチまで迫っており、僕は慌てて姿勢を正した。
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