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「鋏介ッ!!!」
再び響いた夾の声は緊張だか興奮だかなんだかわからない、息が詰まるような響きを孕んでいた。
反射的に夾の視線を追う。
ゆらりと影が揺れた。
「これはこれは、お久しゅうございます、健礼門院殿」
煙と炎の中から現れたのは、背の高い細身の青年だった。
この場にはあまりにも似合わない着物だか洋服だかわからない奇妙で派手な格好が、何故だかしっくりきている。
しかしだ、自然界において奇抜な外観というのは「生命の危険」を相手に告知するものに他ならない。つまり、この男こそ、おそらく早瀬の言う平家のなんたらというやつなのだろう。
「相変わらず趣味の悪い服じゃの清盛公、飛んで火に入った夏の虫かと思うたわ」
軽口を叩きながらも、夾が慎重に距離をとったのを、俺は見逃さなかった。
「そういう貴女も、相変わらず男のような口のききかたをなさる。おなごといえどやはり源氏は源氏。田舎者の野蛮な犬っころには躾が必要ですかねぇ?」
ちらりと夾を横目で見る。
クスクスと清盛が愉快そうに笑うが、夾は顔色ひとつ変えていない。痛くも痒くもないといったところか。
「…おい、夾」
「なんじゃたわけ者」
「あの蛾みたいなのが亡霊さんとやらか?」
蛾という表現が気に障ったのか、清盛の頬がひくりとひきつる。
なんだ、意外とちょろそうだ。
「…これは驚いた。犬が犬を飼っているとは、」
「下衆な口を慎みたもれ、清盛公。悪趣味な性質がそれ以上ひね曲がればそちもさぞ困ろう?」
俺のことを言われると夾はわずかに不機嫌さを滲ませて返した。
清盛はその反応を見て、そして更に俺の方を見て、厭らしい笑みを浮かべた。
「なるほどなるほど、そういうことですか…」
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