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大学に遅刻せず着いたのは本当に奇跡だった。(なんてったって俺が教室に入った直後に教授が現れたのだから。)
時間ギリギリでは空いている席も少ない。一番最初に目についた席に適当に座ると、自然とため息がこぼれた。
「寝坊でもした?」
ふいに隣から声をかけられて、はじめて俺は同席者が誰か知ることになった。
「ご飯粒、ついてるわよ」
人差し指で口の端をトントンと指差して、女はニヤリと笑った。その笑顔はまるで悪戯を企むやんちゃな子供のようで、おとなしそうな印象の彼女には似合わない笑い方だと思った。
早瀬倫。
1年からのクラスメイトだが、この2年間ほとんど口をきいたことがない。
わりと仲間とガヤガヤつるんでることが多い俺と、常に単独行動を好む彼女じゃあタイプが真逆だから仕方ないと言えば仕方ないが。
とりあえず俺が知ってるのは、ミスコンの候補にあがるくらいには早瀬が美人だってことと、告白した男が悉くフラれた挙句新型インフルにかかったり単位落として留年したりとろくな目にあってないらしいという噂だけだ。
そんなことを考えてたら早瀬が座る左側から、すっと白い指が伸びてきた。無論早瀬のものだ。
白くて長い指は何の躊躇いもなく俺の口の端にとまり飯粒をつまみあげ、そのままさも当然のように口へと持っていった。
無論早瀬のもの、だ。
「え…」
「教科書25ページからだって」
あっけにとられた俺には、早瀬の言った言葉の意味がわからず、鞄から教科書を出すことすらできなかった。
当の早瀬は、何事もなかったかのようにノートを開いて教授の板書を写し出していた。
俺はこのときから、早瀬と対峙するときは神経をピンと張り詰めていつでも逃げられるようにしておこうと心に誓った。
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