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衝撃で失った意識が漸く戻ってきたとき、俺が見た光景はそれは酷いものだった。
辺り一面にガラスの破片や食器が散乱して、一車線分の通りを挟んで向かい側の食堂から黒い煙と赤い炎が吹き上げているのがテラスからでもはっきりとわかった。
どこかしこで悲鳴があがっている。テラスにいた学生たちもみんな半ばパニック状態で避難を始めていた。
「早瀬ッ!」
放心状態から我に返って向かいに座っていたはずの早瀬を探す。
衝撃で飛ばされたのか、やや離れたところで今まさに起き上がろうとしていた早瀬を見つけて駆け寄った。
「おい、大丈夫か?」
「なんとかね…ったく、予定が狂っちゃったわ」
不機嫌そうに舌打ちして、乱れた髪を整える。ふと見ると割れたガラスで切ったのか、右のふくらはぎがぱっくり割れていた。
「お前、足…」
「大したことないわよ、それより『これはどういうことか、説明してくれるかしら』」
真っ赤に染まる足が大丈夫だなんて絶対に思えないのだが、それより早瀬の言葉が気になった。背後に視線をやったまま、誰にともなく放たれたその言葉の先を早瀬に習って背後に追う。
しゃん、と鈴の音がした。
「すまぬ倫、こちらへ来る途中に想定外のことが起きたのでばれてしもうた。」
その鈴の音に、早瀬が答える。
「なるほど、平民さんもお馬鹿じゃないってことね。」
俺は目を疑った。
そこには、早瀬の視線の先には、一人の妙齢の女が立っていた。
深紅の衣と藍の袴。
顎の辺りでさらさらと流れる黒髪は、どこか古めかしい雰囲気を漂わせたシルエットで、ふいにその奥の瞳と目が合う。
夕焼けの空のような不思議な色の瞳だった。
そしてなんといっても、透き通るような白い肌。
いや、透き通る「ような」ではない。
実際その女の向こうには、磨りガラスに映したような大学のキャンパスが見えていたのだった。
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