始まりを告げる音

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 老人が、レンガに座り込んでいた。  木管楽器のダロンを握りしめ、俯き、ただ何をするともなくそこに居た。  やがて、老人はダロンを吹きはじめた。  ぼろ布をまとってレンガの石畳に座り込み、凍え死にそうなほど冷たい風が吹いているというのに、滑らかにそれを吹いていた。  ふと、レンガを踏み締める鈍い音が彼の耳に届いた。重い、防寒靴の音だ。  ダロンの音が、ぴたりと止んだ。  老人は、見てもわからないほど微かに目をその足音の主に向けるが、すぐに目を背けた。  再び、ダロンのくぐもった音が、冷たい空気の中を伝う。  かちゃり、と、まるで何かがはめ込まれたような音がした。  老人は、手を休めることなく音のほうに目だけを向けた。細長い筒に、グリップと呼ばれる取っ手が着いていて、それを手袋をはめた手が握っている。  やがて、含み笑いがこだますと、弾けるような音がして、固い物が地面に転がり落ちる音がした。  それきり、ダロンの寂れた音は聞こえなくなった。代わりに、いつまでも含み笑いが響いていた。
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