影武者

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「雪代はねえ、あっちの振袖新造だったのさ。あの吉原での事件の時、雪代は怪我をしなかった。そして其の後はあっちと同じ花魁になった」 「……同じ?冗談じゃあない。立場は同じでも、扱いは丸で違った!!」 唖然とした表情を一変させ、雪代は眉を吊り上げた。 「綺麗な儘出ていったお前に……綺麗な儘残っているお前に……私の気持などわかるものか!!」 そう言って雪代は悔しそうに唇を噛み締めた。 「……人は、身勝手だ」 ――哀しい生き物。 沖田は人間のことをそう言っていた。 悠助は其の言葉を思い浮かべながら口を開いた。 「確かに、人間は身勝手だ。我儘で欲深い。其れが人間だ。でも、其れでは生きていけない。だからこそ、人は学び、己を制御する。人間は其れが出来る生き物だ」 「甲乙を付けるのも、偏見を持つのも、誰かを疎外するのも人間だからという言葉で片付けるつもりか?傷付けられても、己を制御して怒りを鎮めろとでも言うつもりか?」 雪代は先程よりも怒りを露わにし、声を荒げた。 「そうではない。他人の言葉によって道を見失うなということだ。お前に何があったのかは知らない。だが、今回の事件はお前の身勝手な行動の結果だろう」 珍しく口調を強めた悠助に、雪代は思わず口を噤んだ。 「負の連鎖は、誰かが断ち切らねば永遠に切れない。それに、負の感情は周りだけではなく、己にも傷を付ける」 『強すぎる感情は、他人だけではなく、己も傷付ける。良いかい、雪代。決められた枠から食み出す感情は持ってはいけない。持ってしまった時、制御出来なければ生まれるのは破壊だけだ』 嘗てそう言って優しく微笑んでくれたのは、漆黒の長髪を結い上げた一人の男だった。 「……馬鹿みたい」 そう呟いた雪代の瞳からは、静かに涙が流れていた。 悠助と雪代だけの声が漂っていた空間に、次々と波紋を広げていく。 そっと雪代の肩に添えられた闇鴉と紅の手は、決して振り払われることはなかった。 ――私の道は……まだありますか? かごめ唄を響かせる子どもたちの声が、慰めるかのように波紋を揺らす。 江戸は、何時もと変わらない歯車を回していた。 『影武者』完 .
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