八雲 奇跡を見る

5/12
前へ
/754ページ
次へ
慶介さんを、二度と帰らぬ世界へ行かせた憎きあの男の名前だけは……。 俺は、あの時ずっと慶介さんのそばにいた。 あの男に押されて、慶介さんが車に撥ねられた時も。 救急車に乗せられて病院に行く時も。 担架に乗せられ、手術室へ運ばれる時も。 俺は、ずっと慶介さんの手を握り締め、喉が枯れるまで叫び続けていた。 そして、手術室から出てきたドクターの非情な言葉を最初に聞いたのも俺だった。 慶介さんは、長崎から仕事で来ていたから、父親は間に合わなかったのだ。 それからの俺は、少し記憶があやふやになっていた。 慶介さんが最後に行きたかった場所。 いや、会いたかった愛する人の元。 そう、俺は病院を出てすぐに、優衣ちゃんのところへ向かったのだった。 そして、優衣ちゃんの元へ辿り着いた俺は、優衣ちゃんに残酷なことを言ってしまったらしい。 らしいっていうのは、そこら辺の記憶が飛んでいたからだ。 気が付くと、俺はいつの間にか自分のマンションに帰っていた。 一晩中、大声で泣いていたことだけは覚えている。 一晩中泣き明かして、次の日もその次の日も、俺は部屋に籠もっていた。 そして、三日目に愛奈が訪ねてきたのだった。 .
/754ページ

最初のコメントを投稿しよう!

297人が本棚に入れています
本棚に追加