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カヨはポリポリ頭を掻いた。確かに旅に出たいと独り言は言ったが、勇者となれば話は別である。
伝説で聞く勇者は数えきれない程の危険と戦闘を繰り返してきたという。もし勇者になったならば、常に死の危険を抱え、怯えながら魔王を倒すまで旅を続けねばならない。
カヨはそれが安全で衣食住の保障されている村を出てまで成し遂げる価値のあるものとはとても思えない訳である。
「ごめんジジイ。私そういうの無理だわ……、めんどくさそうだしさ」
「お……おお……」
老人は震えていた。少しはっきり言いすぎたかとカヨは後悔し、言葉を選んで慎重に断る。
「あのさ、勇者とか私には無理だし……旅出ても所詮田舎上がり止まりだろうしさ──」
「後ろに魔物じゃっっ!!」
「はっ?」
突然カヨの後頭部に激痛が走る。どうやら棒で殴られたようだ。
「……っ!? 何だこりゃ!!」
痛みで後頭部を押さえると指にヌルヌルした感覚が伝わる。血が出ているらしい。振り向くとそこにはニヤニヤしている魔物がいた。黄色っぽい体毛が全身を覆っており、鋭く卑屈な目は睨まれた者を震え上がらせる。
コボルトだ。今さっき血で染めた棍棒を握っている。
「危ない危ない、もう少しで頭割れる所だったわ……」
「いや、どう見ても血が出ておるぞ!? 頭割れてるからな!」
初撃は何とか耐えたが次はない。カヨは気合いで体勢を立て直し、コボルトに顔を向ける。
「キシヤァァァァァ!」
典型的な雑魚の鳴き声をあげて、コボルトが襲い掛かってくる。そこで後ろにいた老人が叫ぶ。
「わしの足に刺さってる木の枝を使うんじゃ! お前は『棒』の勇者じゃからな!」
「でもジジイ……今抜いたら結構やばいんじゃないのか? 血とか既に一杯出てるぞ」
「いいから早く抜け! 魔物に撲殺されるならまだ失血死の方がマシじゃ」
老人はコボルトを横目でチラチラ見ながらカヨを急かすかのように言う。
「分かった、あの世行ったとしても恨むなよジジイ!」
そう言うとカヨは老人の膝らへんに刺さっていた木の枝を思いっきり引き抜いた。
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