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「……なんでおっ勃っとんねん」
「あ、バレた?」
「押し付けてくんな」
はは、と空気の漏れる意味のない笑い。こいつのすること全てに意味なんてないのかも知れない、と向井は思う。そう、意味なんて。そんなものがあったら、こんな問題はとうの昔に片付いているはずなのに。向井の腰に巻き付く青白い手は、不健康に血管を浮き出させて僅かに震えている気がした。影山の手にへばりついた、まだ渇いていなかったらしい誰かの血が向井のシャツにもついたが、彼はもう気にしていなかった。
「……向井、嫌いにならんといて」
「……ならへん」
「ほんま反省しとる、ごめん。ごめん……ごめんなさい、」
謝りだしたかと思えば、今度は目にうっすらと涙まで浮かべている。影山は子供のようにころころと表情を変える男だった。けれど向井は幼い頃からの経験で、彼の感情に作り物などないんだと理解はしていた。この男、影山という男は生来自分の感情に対して酷く不器用であった。素直過ぎる彼は昔から他人との独特の距離を持っていて、友達と呼べる人間も片手で数えるほどしかいない。その数少ない友達ですら彼を敬遠することもあった。
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