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「ハムスターたる者、いつ何時も可愛くあれ」
その言葉は、この世に生を受け二ヶ月目にして飼い主が決まり、晴れてペットショップを後にすることとなった私に先輩が最後に説いた教えだった。人間という生き物は我等の仕草一つ一つにいちいち萌え、にへらにへらと頬を緩め笑いながら大量の食料を恵んでくれる。それ故に、先輩は未熟な私に説いて下さった。ハムスターたる者、いつ何時も可愛くあれ、と。
しかしながら、私は雄である。気高き獣の血が流れる男、否、漢である。それでありながら可愛くキュートに生きるというのはいかがなものか。尊敬する先輩の教えに背くのは気が引けるが、私は可愛くなど生きたくない。私はそう、男気溢れるダンディーな男になりたいのだ。
だが、残念ながらその野望はすぐに水の泡となり消滅することとなった。
夢と希望を頬袋いっぱいに詰め込み訪れた新居は、私の理想とは大分かけ離れていた。薄い桃色をした花柄の内壁に囲まれた、六畳ほどの広さの洋室。南側には出窓が付いており、そこから春の暖かな陽射しが燦々と降り注いでくる。日当たり良好というやつだ。とは言っても、ここは私の部屋ではなく、主、つまりは飼い主である女の子の部屋である。私の部屋はこの洋室内にある、小さな小さな白いケージ。
住まいが狭いことや部屋が乙女チックなことに関しては、別段文句をいうつもりはない。いや、既に言っているようなものだが。私が不満なのは、住まいのことではない。他のハムスターが一匹もいないことである。
遊び相手ならばいるのだ。ショウガッコウとやらで夕方頃までいないのは少々寂しいが、帰ってきてからは主はずっと私と遊んでくれる。そう、あくまで遊んでくれるだけなのだ。私は遊び相手以外にも、話し相手が欲しかった。
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