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私の住む日本国は果てしなく広大な地球の一部でしかないという事実を、私は先輩から聞いたことがある。地球にとって日本はほんの小さな一部であり、日本にとってこの温泉街は小さな一部であり、街にとって住まう人間は小さな一部でしかない。私はそれよりさらに小さな鼠である。
私にとっては大きく、地球にとっては小さな日本。その日本には、他の国にはないある特徴がある。それが四季だ。あの見事な桜を披露してくれた春が終わり、じめじめとした梅雨を抜けると、ジリジリと蒸し暑い季節が訪れる。
それが夏であり、私は夏が嫌いだ。
天に咲く黄金のヒマワリは日に日にその輝きを増し、地上を焼き尽くさんと躍起になっている。南方面でモクモクとしている入道雲が陽射しを隠してくれるといいのだが、雲はただモクモクしているだけでその気はないらしい。
私は暑さの余りジャケットを脱いで自転車のカゴに入れ、ネクタイを緩め、カッターシャツを腕まくりした。汗が私の輪郭を伝い、少量の顎髭を経由して地面に落ちる。落下した汗は、焼けたアスファルトの上でジュウと音を立てた。
そんな今日、私は女将さんから言い渡されたあるミッションを遂行中である。春からの特訓により自他共に認める買い物マスターへと成長した私を信用し、女将さんが高価な買い物を私に任せてくださった。それが、冷蔵庫である。
猛暑の続くこの時期に冷蔵庫が壊れるというのは、非常に困る。ありとあらゆるものが腐り、冷たい麦茶を飲み干すこともアイスクリームを冷やすことも許されない。故にこのミッションは、よりスピーディーに行われることが求められる。
しかし、女将さんは夏風邪をこじらせた善さんの介抱で民宿を開けられない。先生もお仕事が溜まっているそうであるし、それ以前にお客さんなので頼めない。そこで白羽の矢が立ったのが、この星崎公之介という訳だ。
善さんとの地獄の特訓を経て習得した自転車の運転テクニックを惜しげもなく披露しながら、私は少し距離のある大型電機店を目指しペダルを漕ぐ。女将さんが厳しい家計から捻り出したなけなしの二十万円と電機店の広告をしっかりとハンドルと共に握り締め、一刻も早く民宿に冷蔵庫の潤いを届けるべく、私は足により力を込めた。
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