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◇
夏は日の入りが遅い。しかし私がど派手な黄色い壺を抱えて無念の帰宅を果たした時、既に日は暮れていた。もう充分に夜と呼べる時間帯となっている。
はてさてどう謝罪したらよいものかと戸惑いながら台所に足を踏み入れると、流し台の隣には何故か私が買うはずであった真新しい冷蔵庫が光沢を放っていた。
「こ、これは一体……」
「あぁ。臨時収入が入ったからその金で買ったのさ。アンタが金取替えして来れるなんて、端から期待してなかったしね」
善さんのためにお粥を作っていた女将さんが、冷たい目線を向けながら教えてくれた。
「そんな! もっと私を信頼してくれてもよいではないですか!」
「そういうことは成果を上げてから言いな」
言い返す言葉もなく、私は冷たい壺を無言で抱き締めた。こうすると蒸し暑さが少しだけ和らぐ。これも言うなれば、壺が与えてくれた小さな幸せと言えなくもない。
「ところで、臨時収入とは? まさか先生からいただいたのですか?」
「そんな訳ないだろう。溜まってた宿泊費が払われたんだよ」
「宿泊費? どなたからですか?」
問う途中で、私はハッとした。この民宿に住み着いているお客さんは二人いる。一人は先生。そしてもう一人は私の同居人、確か名前は……黒一さん。
「一体今まで何処ほっつき歩いてたんだかね。全くこれだからアイツは……まぁ、らしいと言えばアイツらしいけどね」
女将さんはキッチンミトンを両手に嵌めてお粥の入った熱々の鍋を下から持ち、私の横をスタスタと通り過ぎた。
「ちゃんと挨拶しときなよ公之介」と言い残し、善さんの元へと向かう女将さん。お金の件は許してもらえたのだろうかと疑問を抱きつつも、私の興味は完全に黒一さんへと移っていた。一体どんなお方なのだろうか。良い方だといいな。
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