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「……明後日までには治るかな?」
不意に、善さんがだんまりを解いた。
「明後日は何かご予定があるのですか?」
「忘れたの? お祭りだよ」
そうであった。明後日は温泉街が毎年気合を入れて盛り上げる龍泉祭りの初日であった。水風船に金魚掬い、わたあめに射的、お面にリンゴ飴その他諸々。お祭りには日本のありとあらゆる楽しみが凝縮されていると先輩は語っていた。無論お祭り初体験である私は、善さんと一緒に回ろうと約束していたのだ。
「楽しみですね。大丈夫。きっと良くなりますよ。ですから眠ってください」
「眠りたくないんだ。うなされて怖い夢を見るから」
「ほう。どのような夢ですか?」
「おっきな龍が暴れて、僕ん家を尻尾で叩き壊しちゃう夢」
「ならば、夢にヒーローを登場させて龍を倒してもらえばいいのです」
「ヒーローって?」
「そうですね……大きく凛々しい鼠はいかがでしょう?」
「ウルトラマンがいいなぁ」
微かに微笑み目を閉じ、善さんは徐々に眠りへと落ちていった。顔の前で手を振り眠ったのを確認すると、私は音を立てぬよう立ち上がり、そっと和室を後にした。
◇
さぁ、いつまでも嫌なことから目を背けてはいられない。寝床であるお部屋ならぬ汚部屋の前に立つ私は、むんと胸を張り襖に手をかけ一気にスライドさせた。
男が立っていた。黒一という名や部屋から漏れていた声質から男であることは容易に予想できていた。が、男の中でも随分と男らしい方であった。
色黒で短髪。タンクトップを着ているために露になっている二の腕は、がっちりと逞しい。コワモテの若いお兄さんといった印象を受けた。
「あん?」
私の入室に気づいた黒一さんは、不機嫌そうな顔で振り返る。そして私と目が合うと、どういう訳かポカンとした顔をした。私が同居人の観察をしているうちに、黒一さんは驚きの表情を引っ込めて警戒の眼差しを向けていた。
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