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「おぉ、黒一が帰ったんだな」
「ちょうど今日ね」
「今回は長かったな。冬が開けたくらいからいなかったろ?」
「約半年。全く、何処で何やってたんだか」
お二人の会話は私にも聞こえたのだから、おそらく黒一さんにも聞こえているはずだ。しかし、彼は何の反応も見せない。汗水流し、せっせと荷を降ろしている。
全てを降ろし終えると、タカさんは軽トラックのエンジンをかけた。無駄にうるさい音が鳴り、振動に合わせて荷台の留め金がカタカタと音を立てる。マフラーから立ち上る黒い煙を眺めながら、私はタカさんが無事帰路につけるのだろうかと心配した。
「おいアフロ。こっち来な」
アフロといえば私、私といえばアフロ。ということで言われるがままに運転席へ近寄ると、それまでニコニコとしていたタカさんが急に真顔になり、全開の窓から首を出して私に呟いた。
「鏡花ちゃんに手ぇ出したら、承知しねぇ」
走り去る軽トラ。テールランプが闇夜に消えるまで見送る私は、ここだけの話少しちびっていた。
「んで、こりゃあ何だよ女将」
「そこの布広げてみな」
釈然としない表情で布を手に取った黒一さんは、バッとそれを広げた。布は白と水色の二色からなり、中央に大きく『氷』と書かれている。
「氷……ですか?」
「そう、氷。アンタら二人には、龍泉祭りでかき氷の屋台をやってもらうから」
それは、あまりに唐突な業務命令であった。
「待ってください女将さん! 私には、善さんとお祭りを回るという約束が」
「へぇ。嫌ってのかい? こてこての悪徳商法に引っかかって二十万捕られた奴が、断るってのかい?」
「やらせていただきます」
すいません善さん。お祭りは別の方とご堪能してください。
「そのアフロが屋台やらされる理由は何となくわかった。だがよぉ、俺まで巻き込んでくれてんじゃねーよ女将」
「どの口がほざくんだい黒一。アンタの宿泊費、まだ半年分残ってるの忘れてんじゃないだろうね?」
「やらせていただきます」
黒一さんも負けた。やはり、女将さんは最強である。
「そこのクーラーボックスを二人でキッチンに運びな」
言われるがままに借りた荷物の一つであるクーラーボックスを、私と黒一さんは持ち上げキッチンへと向かった。まだ出会って間もない黒一さんも私と同様女将さんに弱いのだと知り、私は少しだけ親近感を覚えた。
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