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◇
「まぁなんだ。これも何かの縁だ。同じ部屋で暮らしてやらんでもない」
暑い夏に熱い湯に浸かるなど愚の骨頂であると思っていた時期が少なからずあった。しかし実際に浸かってみるとこれが意外と気持ちよく、私は温泉の偉大さに感服した。そんな温泉様が彼の心を解きほぐしたのか、私は黒一さんから同居の許可をいただいた。
「俺たちゃ大袈裟に言えば運命共同体よ。お前は悪徳商法でぼられた二十万を、俺は半年分の宿泊費を稼がなきゃならねぇ」
「ですが、かき氷は材料費が安価ではありますが、その分売値も安価です。目標額を稼ぐには、一体いくつ売り捌けばよいのやら検討もつきません」
「こういう時こそ頭を使うんだよ。その無駄にデケェ頭は飾りか?」
これは頭が大きい訳ではなく髪型なので、飾りである。
「まぁいい。策は俺が練る。お前はきっちり働け」
「はい。二人で頑張りましょう!」
ガッチリ握手を交わし、我々は風呂を出た。
短パンにタンクトップという極力涼しい格好で風呂上りの牛乳を飲みに台所を訪れると、見知らぬ男性が食卓でスイカを貪っていた。これは羨ましい上にけしからんと思い顔を覗くと、その年の割には幼い顔立ちには見覚えがあった。
梅雨の時期に一度お会いしたことがある。先生の原稿を受け取りにやってくる、出版社の柿本さんだ。
「お久しぶりです」
「あ、公之介さん。ご無沙汰してます。それに黒一さんじゃないですか! 帰ってたんですね」
「おぉ、まぁな」
素っ気ない返事をして、黒一さんは新品の冷蔵庫から牛乳を取り出しグラスに注いだ。自分のだけ。腰に手を当ててグイッと一気に飲み干すと、黒一さんは白い牛乳髭を拭き取りゲップをした。
「お前がいるってことは、先生は締め切りに追われてんだな。どうりで帰って来てから顔見ねぇと思った」
「あの様子じゃあまだ二日は掛かりそうですね。弱った弱った」
言う割には、柿本さんは嬉しそうである。彼は原稿を受け取りにくる際には、いつも数日はのんびりして帰る。締め切り当日に来ては日帰りになってしまうので、わざわざ数日前にやってくるのだ。酷い時は一週間前に来たこともあるそうで、先生に無言のプレッシャーをかけている。
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