二、鼠捕らずが駆け歩く

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「じゃあ泊まってくんだよな柿本」 「そりゃあ勿論。東京でのストレスを洗い落としていくつもりです」 「ならその間、俺をお前の部屋に泊めろ」  柿本さんが目に見えて嫌そうな顔をした。黒一さんの意図を理解した私は、出遅れたと思った。民宿の客間には、基本冷暖房が備え付けられている。黒一さんは柿本さんがいる間だけでもクーラー様の作り出す快適空間を堪能しようと目論んでいるのだ。 「ならば私も是非!」 「八畳間に大人三人はキツイってーの。なぁ柿本?」 「大人二人でもキツイです」 「何だとテメェ!」  柿本さんが胸倉を掴んだところで、女将さんが台所の戸を開いた。黒一さんが固まる。 「お客様に何してんだい黒一」 「いやぁ、その……ひ、久々の再会が嬉しくてハグしてたんだよ。なぁ柿本?」 「僕のクーラーのある部屋に泊めろと脅されました」  黒一さんの巨体が宙を舞い、床に背中から叩きつけられた。女将さんは一丁上がりといった様子で手を叩くと「うちの者がご迷惑をお掛けしました」と柿本さんへ丁重に頭を下げた。 「すみません。お客様なのにほったらかしにしてしまいまして」 「いいんですよ女将さん。息子さんが病気なら仕方ありません。僕のことならどうぞ気になさらずに」  女将さんはもう一度頭を下げると、冷蔵庫から新しい冷えピタを取り出した。 「公之介。ちゃんと柿本さんに気を利かせて行動しなさいよ。あとそこに転がってる馬鹿を片付けときな」 「合点承知です」  私の返事を聞くと、女将さんは忙しそうに台所から出て行った。あの様子では善さんの容態はあまり良くなってはないようだ。お祭りまでに完治するか心配である。 「やっぱり女将さんは美人でかっこいいですね公之介さん。ここは温泉も気持ちいいし料理も美味いし、住み着きたいくらいですよ。あーあ、先生の原稿が書き上がらなければいのに」  最後の担当にあるまじき発言は聞かなかったことにしよう。柿本さんに「よければどうぞ」とスイカを勧められたので、私は向かいの椅子に腰掛けて有難くスイカに噛り付いた。
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